02 TENYOSEKI — 転用石さんぽ

石垣に眠る、
城下町の記憶。

転用石とは、五輪塔や石仏、石臼など、もともと別の用途で使われていた石材を石垣などに転用したものです。郡山城の石垣は転用石が多いことで知られていますが、実は城の外、商店街に近い町なかにも点在しています。

大和郡山城の追手向櫓と石垣
豊臣秀長が築いた大和郡山城の石垣。転用石が多いことで知られる。PHOTO:やなぎまち商店街

転用石とは

ABOUT

豊臣秀長が城主を務めた郡山城は、築城の際に周辺の寺院の石造物などを数多く石垣に転用したことで知られています。天守台などでは、逆さまに積まれた石仏(さかさ地蔵)を見ることができ、多くの見学者を集めています。

こうした転用石は郡山城だけのものではなく、城下町として発展した柳町周辺の町なかにも、かつての建材として使われた石造物が点在していると言われています。城の転用石と合わせて、町なかの転用石にも目を向けてみると、また違った郡山の歴史が見えてきます。

転用石の由来は五輪塔・石仏・墓石など、信仰に関わるものが多く含まれます。見学の際は探索目的だけでなく、敬意を持って静かにご覧ください。

町なかで見られる転用石(例)

SPOTS
石垣の基礎に残る転用石柳町周辺/建物の基礎部分にかつての石造物が組み込まれているとされる箇所。
路地の敷石柳町周辺/路地の敷石として転用されたと伝わる石材。
郡山城 天守台の転用石(参考)郡山城跡(商店街より徒歩圏内)/「さかさ地蔵」で知られる代表スポット。

※町なかの転用石の所在地は仮の内容です。私有地・墓地由来のものを含む可能性があるため、掲載前に組合内・地域での確認が必要です。

MORE INFO
hidenaga-yamatokoriyama.jp

秀長の輪 大和郡山

郡山城や秀長ゆかりの史跡について、詳しい情報を紹介する大和郡山市の特設サイトです。

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